ひとくちブックガイド:やさぐれ殺人拳 セックスシーンに丸々一章費やす
やさぐれ男に憧れて15年。個人的な見地から日本のやさぐれ代表格に挙げておきたいのが、水谷征夫(故人)である。
水谷は「東海の殺人拳」という異名を持つ狂気の空手家であった。
相手を殺すことも厭わない超実践空手を得意とし、その昔、アントニオ猪木がうっかりして「誰の挑戦でも受ける」と口走ったのを耳にするや、「じゃあ俺と闘え! ただし俺は鎖鎌を使う。お前は素手だ!」 と、もの凄い要求を突きつけるが、色々あって最後には和解。猪木は大人の法則で水谷の流派に荷担することとなり「寛水流(寛は猪木の本名・寛至から。水は水谷の水)」が誕生。永遠の友情を誓うのであった……。
というわけで、今回紹介する「喧嘩空手一代 東海の殺人拳・水谷征夫」は元安藤組組長・安藤昇が実話週刊誌「話のチャンネル」に連載していた水谷氏の実録伝記である! 媒体が媒体だけにカルピスの原液より濃厚だ。
少年時代の水谷氏は近所のいじめっ子からサンドバッグのように扱われていた。──が、一念発起して空手を習得。映画「ベスト・キッド」で、連日コブラ会の少年たちにボコられていたダニエルが、ミスター・ミヤギのおかげで虎の如く生まれ変わったように、水谷少年も覚えたての空手で見事、町のいじめっ子たちを血祭りにあげ、番長の座に君臨。遂には近県一帯の学校を全てシメてしまったという。
強くなってからの水谷氏は鬼神の如く、武器を持ったヤクザだろうが半殺し。地域で知名度を上げてゆき、遂に道場を設立。その傍らで同級生の女生徒や年増女性を次々と食いまくり、大モテぶりも余すところなく披露する。
因みに安藤昇氏によるセックス描写は果てしなくエロく、読む者がひいてしまうほど過剰。セックスシーンで丸々一章費やしたりとエロ小説としても完成度が高く、他の追随を許さない。
さて、そんな水谷氏をテーマにしたもう一冊の本「やさぐれ必殺拳」の著者・井上義啓氏は週刊ファイトの元編集長。こちらは少年時代の記述や濡れ場が簡素化され、猪木決闘事件など、水谷氏が繰り広げた血まみれの他流試合に焦点を当てている。
武術界だけではなく、地元のヤクザとも敵対関係にある四面楚歌の水谷氏。その上香港で謎の黒人・ビショップ(身長二メートル・フランケンシュタインそっくりの顔)と一対一の決闘を演じることに。
決闘直前、香港カンフーの実力者・朱老人から、実はビショップが沖縄で空手家三人を殴り殺した男で、過去には中国拳法を学ぶため、中国河南省に密入国したこともあるらしい……と衝撃の事実を聞かされる。身長二メートルの黒人が河南省に密入国!前代未聞だ!
そのあと、朱老人は何者かに殺されるが、それがきっかけでビショップがヘロインの取引に関わるテロリストで、インターポールから指名手配されているという新事実も判明。さらにはCIAの香港支部からも連絡があり「ビショップから逃げろ!」とアドバイスされる水谷氏!ま。最終的にビショップは水谷氏の鉄拳の前に崩れ去るのだが……。
これ実話? なわけありませんね。はい。「やさぐれ……」は小説仕立てでした。前書きを斜め読みしていたので、ビショップの下りあたりまでノンフィクションだと信じ切ってたよ。ハラハラ・ドキドキ。ちょっと得した気分。因みにこの本はバンコクの古本屋で発掘。90バーツなり。
(文・クーロン黒沢)