マイフレンド、なぜ他のホテルに行くんだ!

s-0054 起きて、速攻でカトマンズゲストハウスという中級ホテルに移る。パンダホテルの男が「マイフレンド、なぜそんな高いところに行くんだ!」と咎めたが、数ドルしか違わないし、ダニはいないし、扇風機はちゃんと動くし、タオルは白いし、便器は割れてないし、シーツに糞はついてないから。と言うまでもなく立ち去る。

 書き忘れたが、尾藤さんの部屋は蛍光灯がフラッシュライトのように激しく点滅し、手を動かすと動きがデジタル化しているような感じで幻想的だった。

 夕方、メータータクシーでモンキーテンプルへ。頂上にある雰囲気のいいカフェで休み、尾藤さんのレーザーポインターで猿を脅して遊んだ。

s-0055 世朝、マウンテンフライトへ。朝五時半、ホテルの前に一台のタクシーがスススッと停まる。チケットを買った旅行代理店から派遣されたお迎えの車である。運転手の男はいきなり「何処へ行く?」と囁いた。えっ‥‥。つたない英語で意味を訊ねるが、向こうもつたないので意志の疎通がはかれない。

この車が代理店から派遣された迎えなのか、それとも流しのタクシーなのか。ともあれ時間がせまっていたので空港まで行ってもらい、ためしにカネを払わず降りる。男はそこに車を停めたまま、ジーッとこちらを見つめている。こちらもジーッと見つめ返す。数分後、根負けした運転手はそのまま帰っていった。よかった。迎えの車だったんだ!
 空港はまだクローズ中。そのうち小雨が降ってきた‥‥。背後を猿が走る。空港に猿がいる国はあまり無い。
 しばらく佇んでいると、イスラエル人(推定)の姉ちゃんが声をかけてきた。マウンテンフライトを企画している航空会社は数あれど、彼女も我々と同じ「コズミックエアー」のチケットを持っている。ニコニコしていて顔はかわいいが、致命的に尻がでかい。頭1:尻8という割合で全てを台無しにしている印象を受ける。胸をでかくする手術はあれど、尻を小さくする手術は無いのだろうか。
 しかし「コズミックエアー」‥‥。ワクワクするような社名だ。寝不足で錯乱気味の頭に、三角帽子をかぶった小人さんがお菓子の飛行機に乗って手招きしている映像がよぎる。そうでなければいいが。
 ようやく空港が開く。が、コズミックエアーのカウンターには誰もいない。したがって待つしかない。30分後、ようやく偉そうな大佐ヒゲの中年男がカウンターにやってきて搭乗手続きを始める。
 ボディチェックを経て待合室の椅子に腰掛ける。そうしているうちにも、他の航空会社のチケットを持った客はどんどん飛行機に吸い込まれていくのに、コズミックエアーの客は放置されたままだ。20分後、気のよさそうな兄ちゃんがやってきてこう言った。
「天候悪いから、あと40分待ってください」
 あと五分なら笑顔も返せるが‥‥。でもまあ仕方ないので40分だらだら天井を眺めていると、ようやくバスが横付けされ、飛行機まで運ばれる。小型プロペラ機の横で、二名の大柄なスチュワーデスが我々を出迎えてくれた。
 客は全部で15名ほど。僕のうしろにイスラエル姉ちゃん(推定)が座り、嬉しくて仕方ないといった表情でカメラを取り出している。ひとつ前の席には中年インド人と民族衣装姿の日本人(推定)カップル。その前にはインド人の中年夫婦‥‥。
 と、スチュワーデスがつかつか来てこう言った。
「天候が良くないので一時間半待ってください」
 ラーメンが出来るまで三分待ってください‥‥的気安さで言われてもショックは大きい。さっそく他の乗客が次々とキレ出した!!
 他社の飛行機は既に全て飛び立って、そうしている間にも一時間のフライトを終えて着陸してきたものもあって、飛行機の中から笑顔で降り立つ乗客の姿がよく見える‥‥。何名か激しい口調で食ってかかり、あてつけだろうか、機内で煙草をブカブカ吸い始める者もいる始末。だが、そんなことでめげていては、この国で客商売はできない。二名のスチュワーデスは完全に石化したまま、なにを言っても無駄だった‥‥。

 と、ここまで無言でカメラをいじくっていた後ろのイスラエル姉ちゃんが沈黙を破り、地獄の底から湧き上がるような声で、たったひとこと。
「コズミック‥‥」
 と囁いた。最近の一番怖かった瞬間だった。

 結局のところ、乗客の言い分も含め30分あまりで飛行機は離陸し、若干雲がかぶっていたものの、エベレストなどのめぼしい山を肉眼で拝むことができた。

 午後、インターネットカフェに行く。タメル地区の全ての通りには、100メートル歩くごとに約三軒以上のネットカフェが並んでいる。

 外見はどこも立派で料金も1分1ルピー(2円?)と格安だが、とりあえず遅い。運が悪いとメールチェックで30分以上かかるような感じで、粘り強い性格が要求される。
 メールの後は「春トレック」へ。今朝のマウンテンフライトを予約した代理店で、日本人のかみさんと結婚したネパーリーが経営する店だ。
 従業員はほぼ全員まともな日本語を操り、テーブルの上には過去の客からの感謝の言葉とか、親切なガイドさんに感激しましたとか、そいつらの写真付きで記されたノートがこれみよがしに置いてある。正直に感想を言わせてもらうとそんなもん見たくもないのだが、まあ仕方ない。
 明日、ポカラまで行きたかった。バスに乗るには朝一番で少し離れたところまで行かねばならず、それなら安易に車をチャーターしようという結論で尾藤さんと話がまとまっていた。ただひとつだけ、これまでこの国で見てきたような、いかれた年代のビンテージカーがあてがわれるのではないか? という懸念がある。

 そのへんを突っ込むと、オーナーの弟だというカマル氏は仏のような笑顔で。
「心配ありません。いい車です」
 と語る。しかし、どんな車かは絶対に言わなかった。
 夜。カフェでひとりごろごろしていた尾藤さんに、年配のボーイが声をかけてきた。曰く「彼女は一緒じゃないのか?」と。いないよと答えると、それなら売春宿に行きなさい。と指導された。
 リキシャに乗っていくとコミッションをとられるとか、100ルピーとか200ルピーのセックスガールもいるけど、俺は怖いからもうちょっと高いのにしているとか、頼みもしないのに周りを白人旅行者に囲まれた状況のなか大声で説明され、最後にひとこと「せっかく来たんだから何事もトライしてみないと」と英語で説教された。



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