カンボジアの素:乞食

この記事は90年代にミニコミとして出版したガイドブック「カンボジアの素」に書いた記事を復刻したものです。後年、情報を追記したりしていますが、全体的に古すぎ、記述が攻撃的で、正確ではありませんので、読んで懐かしむ程度でお願い致します。

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一般的なイメージとして、カンボジアというとすぐさま「戦争」とか「貧しい」とか「大変そう」とかいうキーワードが浮かんでしまうが、実際、プノンペン市内ではかわいそうな人を探すのに苦労するほど。

乞食がいたとしても観光客の集まるような場所か、目抜き通りの中級以上なレストランなど。彼らは外国人ばかりを対象として動いているわけではない。現地の人間からもしっかりと施しを頂いているのはさすが仏教の国のプロだとうなずく思いである。

乞食とは違うが、シクロの運転手の多くは、ホームレスの様に道端にシクロを止めて、ハンモック等を電柱にかけたりして夜をすごしているので結構コワイ。

でも乞食。いるところには沢山います。特に中心部、キャピトルゲストハウス周辺と川沿い。有名人も結構います「怒る人」「車椅子下半身無し」とか‥‥。

で、意地でも乞食に金をやらない主義の人も多々いるようで、それに対してとやかく言うつもりはありませんが、100リエル札なんて大体において手垢だらけで汚いので持ってても仕方ないので、使う気がなくて、帰国間近だったら金に困ってる人にあげちゃったほうがいいです。まじで。記念にするなら1000リエル札とかのほうがきれいです。(2004)

少年系の乞食は結構な割合でシンナー愛好家なので、あんまり意図的に係わり合いにならない方がよい。笑顔とか見せると絡んでくるので要注意。
取り締まる人がいないので、皆堂々とビニール袋を口にあてながら歩いてます。現地人の態度がでかい親父とかだと、五歳くらいの乞食のボクを思い切り殴ったりしてます、そういうヒエラルキーだと理解しておこう。(2004)
(文・アジアの素編集部)

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