日曜地下室
密造酒の製造──下条多一郎 (埼玉県) 日本ではイリーガルだが、酒を作って税務署をハックしろ!
埼玉の奥深い山奥に、あらゆる犯罪に手を染めた大悪人が住んでいる。彼の名は下条(仮名)。なんでも噂によると廃人寸前のジャンキーだとか、地下室でドブロク(密造酒)を作っているとか、近所の子供を洗脳してUFOと交信しているとか、聞いただけでもゾクゾクしてくるラジカルな人物のようである。
彼から取材の許可をもらった翌日、わたしは埼玉県X市へと向かう電車に乗った。X市は埼玉と群馬の国境地帯に位置する寂れ果てたベッドタウンだ。各駅停車にイライラし、尻が痛くなって気温が五度ほど下がった頃、電車は目的のF駅に滑り込んだ。
電車を降りて近くの公衆電話へと向かい、上野のイラン人から買ったテレフォンカードを挿入、下条君から教わった秘密の電話番号をプッシュした(1995年の話)。トルル、トルル、ガチャ。
「下条です」
「黒沢です。いまF駅につきました」
「了解、ガチャ」
「えっ?」
下条君は電話を切った3分後、軽ワゴンで颯爽(さっそう)とわたしの前に現われた。見たところ爽やかな普通の青年だが、眼球の奥から死んだ魚のような怪しい光を放っている。薬物のせいだろうか瞳孔が開きっぱなしだ。これはタダ者じゃないぞ。そして下条君は無口だった。
「下条さん。さっそくですがお話を?」
「いやだ」
「そう言わずに」
「FBIか?」
「…………」
無言でハンドルを握る下条君。彼の家は駅から車で五分ほどの場所にあった。
中世に建てられ、そのまま放置されたかのような彼の家は、埼玉県においても周りから明らかに浮き上がっている。壁にはコケが生え、怪しげな植物がありとあらゆるところに絡み付き、どこからともなく死臭のような甘い香りが漂ってくる。
そして庭の柴犬がうるさい。聞くと実験のため、毎日少量ずつの薬物を与えているとのことだ。なんの薬物かは恐ろしくて聞けなかった‥‥。犬の目は狂気を含み、ギラギラと緑色に輝いている。ある種の恐怖がわたしの脳裏に走った。まさしく狂犬だ。
下条君の部屋は屋根裏にある。部屋の隅々には、彼が世界中から収集してきた毒気を含んだ品物の数々が何気なく配置されていた。ネパールで買ったマンダラ、拾ってきたアコーディオン、コードレス電話盗聴マシン、時々視線が合ってしまう汚れたフランス人形など、マニアならヨダレモノなグッズが満載だ。しかし、わたしがさらに驚かされたのは、下条君の趣味が爆発した蔵書を見てしまったときである。
無口な下条君は家族と同居しているため、趣味の蔵書はすべてカモフラージュ用に無難な書籍が置かれた本棚の裏に隠されていた。カーテンで仕切られた一角に置かれた秘密の本棚に収納された禁断の蔵書‥‥その内容といったら、ほとんどがドラッグ、黒魔術、ロリータなど、一般社会ではタブー視されているラジカルなモノばかり。さすがは下条君だ!。
そんなこんなで、下条君の事をイチイチ詳しく話していたら、ここの容量全部をもってしても不可能なほどなので、さっさとサケを作る所まで飛ぶことにしよう。
「さて、下条君。そろそろ酒を作りましょう」
「そうしましょうか」
「そうしましょうよ」
「そうだね。じゃあここじゃまずいから、地下室に降りよう」
倉庫代わりになっている地下室には、下条君が作った「関係者以外立入禁止」と書かれた手製のプレートが貼ってあり、家族をもってしても出入りは固く禁じられている。そこには日本各地で悲惨な目にあっていた(当時)タイ米が山のように積んであった。これが酒の原料になるという。
「このタイ米……凄い量ですね」
「フフン。こんなもの誰も食わないからな。そこのスーパーで1キロ十円だぜ」
そう言いながら下条君はタイ米のフクロを憎々しげにグリグリと足でひねり始めた。
まあそんな訳で酒造りに入ろう。ちなみに許可無くアルコール度数1パーセント以上の酒を製造するのは日本では違法なので、決して皆さんは真似しないように。
タイ米は少々固めに炊く。あ、別にタイの米じゃなくてもいいんですけど、安いのでここではタイ米を使おう。米が炊けたらドライイースト、乾燥こうじ(みそや漬物に使うもの。両方ともスーパー等で入手できる)と水を入れる。水は米が少し沈む程度に留めておくように!。
そうしたら、混ざったものに乳酸菌を入れよう。こうすると、出来上がったときに入れないときよりも美味しくなるそうだ。乳酸菌なんて何処で買えばいいの??‥‥という人は、自宅にあるクスリ箱を見てほしい。そう、あんたの家にあるビオフェルミンでも充分なのだよ。砕いて4つ位ブチ込んでおこう。
これで下ごしらえが終わった。できたものを熱湯で消毒したバケツに移して、変な菌が繁殖しないように注意しながらフタをして、日陰に置いておく。三日に一度、熱湯消毒したハシなどで中味をゆっくりかきまぜるようにしよう。
そーして六日位すると、バケツの中味はオヤジのゲロみたいな状態になり、酒の匂いがプンプン漂ってくるようになる。適当に飲みたくなってきたら、ガーゼで米のカスを除去してから飲んでみよう。味は保証しないが、違法なテイストはどんな酒よりもデンジャラスな雰囲気を演出してくれるハズだ。
もし濁った酒がイヤだったら、しばらく放置しておけば不純物が下のほうに沈殿してくるので、上澄みだけを採取すれば清酒状のモノも楽しめるぞ。まあ期待しないで適当に作ってみよ‥‥おっと、法律違反なので絶対にダメ!
こうして酒の作り方をマスターしたわたしは、自家製の酒でベロベロに酔っ払っている下条君の運転で、駅まで恐怖のドライブを楽しんだのだった。今回はこれで一休み。次回もイリーガルな行為を色々やるつもりなので、お楽しみに。
(文・クーロン黒沢)