スラム巡礼 : 60年代を振り返る。汚いものも昔はきれいだった
プノンペン超一等地に残るスラム「ブディン」。その名を聞いただけで武者震いしてしまいます。
十数年前、ブディンは今と比べ五倍ほど大きな巨大なスラムでした。びっしり密集した小汚いバラックの一帯は、麻薬、賭博、売春なんでもありの無法地帯。度胸試しに友人二人で奥深く踏み込み、全身刺青の兄ちゃんに隠し持っていた小型カメラを指さされ、全速力で逃げた青春の思い出が蘇ります。
その後、悪の温床だったバラック地帯は原因不明の火災により見事に一掃され、今は “the white building” とよばれる、ポルポト時代以前に建てられた集合アパートのみ残っています。
日中はごく普通の貧民アパート。実は堅気のデザイン会社が入居していたりもしますが、やはり夜は未だ胡散臭い気配が漂います。
先日、1960年代に撮影されたブディン一帯の空撮写真をたまたま見る機会がありました。今は煮染めた手ぬぐいのような色をしたビルディングも、50年前は純白ピカピカの最先端集合住宅です。
写真を眺めるうち、トンレサップ川の川岸が今よりかなり手前にあることに気づきました。ナーガ・カジノ周辺は川の中。ブディンのすぐ南側にあるイオンモール建設予定地も川の中です。
埋立地の地盤を骨の髄まで知る日本人からすると、やべーよ、やべーよ。と一抹の不安を感じてしまいますが、そこは何を隠そう地震のない国。建築学科卒の私が言うのだから間違いありません。超高層ビルなんか建てない限りは……。
何年か前、フンセン首相が演説中「ピッチ島(イオンモール建設予定地の脇に浮かぶ小さな島)にアジアで一番高いビルを建てる!」とぶち上げたことがあります。
台湾が誇る台北101、上海の世界金融中心ビルよりもさらに高い、全長555メートル・総工費900億の超弩級プロジェクトとのことでしたが、いつの間にかなかったことにされています。
かつての白黒写真を眺めながら、首相が余計なことを思い出さないよう、ひたすら祈るばかりです。で、ブディンも史跡としてそのまま残して欲しいです。ずっと……
(文・本因坊)
ブディン地区 “The white building”
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