首都プノンペンにも遂に北朝鮮丸出しの店がオープンした「ひまわり」
数ヶ月前。カンボジア・シェムリアップに北朝鮮系のレストランがオープン。ピリピリした雰囲気のなか、踊りを見ながら食事ができるという話を聞いて羨ましく思ったが、首都プノンペンにも遂に北朝鮮丸出しの店がオープンした。その名は「ひまわり」。
「ひまわり」の売りは北朝鮮風の冷麺。メニューにはどういうわけか餃子が記載されていて、これがとても高い。店員の半数は北朝鮮人で店長らしき男は流暢な日本語を話す。店長は従業員のことを「服務員」と呼ぶ。でもって服務員は全員胸に金日成バッジをつけている。餃子は高いだけあって美味かった。以上が事前に仕入れた「ひまわり」情報であった。
けだるい日曜の午後、暑いので冷麺が食いたくなり、わたしと友人三人は毛沢東通りにあるという「ひまわり」へ足を向けた。因みに「毛沢東通り」の存在は、中国共産党とカンボジア政府の友好ぶりを示す好例である。
余談だがこの毛沢東通りを更に北上すると、そのものズバリ「金日成通り」というのもあり、この二つは小さな交差点で密接に繋がっている。最初に「キムイルソン通り」と(英語で)書かれた標識を見たときには何かの冗談かと絶句したが、調べたらアフリカの貧乏国にも同名のストリートが多々あるという。なるほどね。
ここでどうでもいい疑問。「ひまわり」は北朝鮮の店なのに何故金日成通りではなく毛沢東通りで開店したのだろうか? 考えるに恐らく店の名刺を作る際、住所欄に「金日成通り28番地」等と呼び捨てで書く訳にもいかず、されとて「百戦百勝の偉大な首領・金日成将軍様通り28番地」と書くのも怪しすぎて外貨稼ぎに支障が出る。だからか?
下らない疑問はさておき「ひまわり」はとても地味な店だった。午後二時という中途半端な時間だったからか、スモークガラス越しに見える店内は暗く、人の気配がしない。
恐々ドアを押してみると、暗い店内に朝鮮服を着た長身の服務員女性が立っていた。彼女は「イラッシャイマセ」と言う訳でもなく、不審者を見るような目付きでわたしを睨む。
客だと分かるとおずおず招き入れてくれたが、薄暗い店内の電球を点けることもなくテーブルに案内された。横のテーブルには前の客の食べ残しが放置されたまま良い臭いを放っている。
壁には初めて中国旅行したとき(11年前)、町外れの土産物屋で大量に売れ残っていたタンポポの刺繍と良く似たものが隙間なく飾られていた。
噂の店長は不在。服務員も暑さでダレ気味、期待していた金日成バッジは着用しておらず、よりによってテレビの相撲中継(NHKプレミアム)を観ていたようだ。これが本国なら一族郎党火炙りの刑にされても文句は言えないだろう。
メニューを渡され、四人は一椀5ドル(高い)の冷麺を注文。しばらくすると付き出しとしてコンニャクの薄切りが出てきた。服務員女性はとても流暢な英語で「豆から作ったコンニャクでうんたらかんたら、このスペシャルソースをつけて食べなさい」と指示。共和国製造の特別ソース、味は悪くないが若干不気味。ひょっとして眠り薬? ああ、俺なんか拉致っても使い道ねえよな。と思い直して箸をつける。
五分経つとメインの冷麺が出てきた。服務員は方針なのか、決して笑顔を見せないのだが、サービスで我々の冷麺をかき混ぜてくれる。あのう、喜び組についてどう思いますか? と、悪い癖が出そうになるが、大人気ないので口を閉じる。
「麺は平壌から直送です」と言い残したのを最後に服務員は消えた。そんで、期待した冷麺は美味くなかった……。
元々冷麺なんて何回も食ったことないので、これが特別まずい冷麺なのか、それとも北と南の冷麺は別物なのか、にわかに判断することはできない。例えるならゴム製の辛い冷麦といった感じ。
服務員が消えたことで緊張も薄れ、雑談にも花が咲いた。で、うっかり「金日成」「金正日」という単語を交えたりしつつ、何気なく調理場の方に視線をやると……。濃いスモークガラス越しに、さっきの女がこっちを睨んでる!
怖かったので慌てて口を慎むが、他の三人は全く気づいておらず、相変わらず「ガハハ、金正日」「ヒヒヒヒ、拉致」等のやり取りが続き、水を沢山飲んでいたN氏がトイレに立った。
数分後、N氏が緊張顔で戻る。彼によると「トイレは果てしなく遠く、変な秘密の小部屋みたいなのが沢山あり、トイレのドアの前で視線を感じ斜め上を見ると、階段の陰に隠れていた男と目が合ってハッとした」そうだ。