失われた時を求めて:プノンペン人生スロット交差点
庶民の通う博打場の真実を追ってみた!
繁華街をバイクで走っていると、民家と民家に囲まれた薄暗い一角に、玄関のシャッターを半開きした、看板のない不思議なお店を目にすることがある。
玄関先に停められたボロボロの韓国カブの脇で、いかにもバイタクというファッションのおっさんが、放心状態で立ち尽くす不思議なお店だ。
これまでずっと「改装工事中かな?」程度の認識しか持っていなかったが、何度もその家の前を行き来するうち、シャッターの奥で煌々と光る胡散臭げなゲーム画面がちらっと見えた。
バイクを停め、半開きシャッターの奥に広がる闇に目をこらす。意外に広い店内には、日本で役目を終えた古い古いブラック・ジャックやポーカーゲームの筐体が、ズラッと置かれていた。
数年前、市内に点在する違法カジノゲーム店の一斉摘発が行われた際、勢い余った現地警察が、場末のゲームセンターまでも漏れなく摘発。賄賂クレクレ攻撃に恐れをなしたオーナーたちは看板を取り外し、警官を見た二秒後にシャッターを閉められる厳戒態勢のもと、息を殺して営業を続けている。
基本的に昼間は時間潰しのバイタクが数名いる程度のガラガラ状態。たまに、ふらりと迷い込んだ子供が無邪気に筺体のボタンを連打する程度。この店が本当に輝き出すのは夜の帳が降りてからだ。
プノンペンの夜は早い。夜9時を過ぎると、ほとんどの飲食店・カフェが店を閉め、夜が更けるに従い、時間つぶしの場所も激減。夜行性の人々は仕方なく、朝方まで営業するこれらの場末ギャンブル場に吸い寄せられるという図式だ。
店に集うのは主に夜行性のバイタク、カラオケ嬢の帰りを待つヒモ兄ちゃん、夜勤のブルーカラー、待ち合わせの不良など。
「今日の稼ぎじゃ母ちゃんに叱られる。怖くて帰れねーよ」
「親父に黙って家出てきちゃったよ。俺ってスゲー不良じゃね。あ、鍵かけてくんの忘れたから、一旦家に戻るわ。」
「俺の彼女、今日はお客が付いたな……。ホテル迎えは朝だし、それまで時間潰すか」
各自様々な事情により、スロットのボタンを連打する。土埃でまだら模様のついた壁、天井の四隅には蜘蛛の巣、割れたままのタイル。煤けた店内をぼんやり照らす蛍光灯と、ブラウン管のゲーム画面が渾然一体に混ざり合い、スポットライトを浴びることのない社会のはみ出しものたちを優しく包み込む。
まさに、プノンペン下層階級の負のオーラをビンビンに感じるパワースポット。近くでは、バイタク風ファッションで客待ちしつつ、腰の無線機でどこかの誰かとこそこそ打ち合わせ中の張り込みポリスもいたりするので、運気を落としたくない、警官に顔を覚えられたくない皆さんは、なるべく近づかない方が無難である。
(文・本因坊)